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ダウンタウンとの再会

中学最後の夏休み。友達の家に泊まりに行った。そいつはなかなかのお金持ちで、自分の部屋に大きなテレビと最新のビデオデッキがある。

「兄貴からすごいビデオ借りたから、一緒に見ようや。」

まさか無修正モノか?と連呼するオレを無視して、ニヤニヤしながらそいつは再生ボタンを押した。

2人で笑い転げた。何回も巻き戻し、何回も笑った。

翌週から土曜の20時が待ち遠しくなった。正直、コントはそんなに面白くなかったけど、企画ものは見応えがあった。食事中に見てても、オカンの機嫌が悪くなることもなかったし、ブラウン管の中でコミカルに動き回る岡村を見てて楽しかった。

15歳の多感な時期に、めちゃイケを見て

高校入学後、ブレイクダンスを始めた。放課後は市民体育館で。週末は難波OCATポンテ広場で練習。大学進学後にストリートダンスサークルに入り、仲間と大会にも出るようになった。

大した結果は残せなかったけど、選曲 → 編集 → 振付 → 練習。このプロセスが楽しくて仕方がなかった。充実したキャンパスライフはあっという間に過ぎ、就職後は月に1回クラブに遊びに行く程度に。

このままでええんやろか

社会人2年目。漠然とした不安が頭をもたげ始める。手取り18万。アドセンスやアフィリエイトの副収入が10万ほど。物欲が薄く、特にこれといった不平不満があったわけではなかった。

しかし、離れない。勤務中、食事中、入浴中。不確かな絶望がこびりついて離れない。その黒いもやもやは次第に大きくなり、2年で仕事を辞めた。

親に事情を説明し、実家に戻る。

幸い、多少の蓄えはあったので、少しずつ切り崩しながら食い繋いだ。たまに、日雇いの派遣バイトに行く程度で、基本的には自室に引きこもる日々。

夕方に起きて、メシ食って、風呂入って、家族が寝静まった後、イヤホンを片耳にオナニーをしてベッドに横たわる。そんな生活が1年ほど続いたある日。

「あんた、いつになったら働くの!」

母がキレた。手塩にかけて育てた長男が、30手前でニート。怒って当然である。全くの正論。ぐうの音も出ない。

  • 誰のおかげで生活できている
  • 何の役にも立たない居候
  • 恥ずかしくないのか

母と顔を合わす度に、侮辱され罵られ蔑まれる毎日。

「うっさいんじゃ、クソババァ!」

と、家を飛び出せたらどんなに楽だったろう。そうすべきだったんだろう。でも当時の僕には、反抗する精神力が残ってなかった。空っぽだった。ただただ、「すいません」小声で謝るのが精一杯。

次第に、母の存在を近くに感じると喉がキューッと絞めつけられ、謝ることさえできなくなった。親父とは普通に話せた。それがまた母を苛立たせ、親父ともまともに会話ができない状態に。

自分の意志・感情を伝えようとすると、言葉が出てこない。

出てくるのは、大量の鼻水と大粒の涙。

自分に何が起こっているのか、全く分からない。数年前に突然芽生えた不安は、ゆっくりとしかし確実に成長し心を蝕んでいた。

変わり果てた息子を見かねた親父。半ば強制的に、心療内科へ連れていかれた。

今思えば、退職した時。あのタイミングで、心療内科に行くべきだったんだと思う。少し休めば、いつもの明るい元気な自分に戻れるだろう。と甘く見ていた。

最初の診察は何分ぐらいだっただろう。1時間ぐらいに感じたが、実際は10分程度だったのかもしれない。先生の問いかけに、泣きながら首を縦・横に振るだけしかできなかった。

待合室に戻ると、次は親父が呼ばれた。先生と2人で何を話していたのかは分からない。泣いてばかりで何も言えなかった僕の代わりに、状況を説明してくれてたんだと思う。たぶん。

初診から約1ヶ月後、

親父と2人で暮らすことになった。単身赴任することになったらしい。毎日、母に正論で殴られ、怯え続ける生活から一刻も早く抜け出したかったので、すごく嬉しかった。

母と僕との間に物理的距離を作るために、恐らくかなり無理をしてくれたんだと思う。お父さん、ありがとう。

「おはようございます」「いってらっしゃい」「おかえり」「おやすみなさい」。親父と2人暮らしを始めてから、挨拶ぐらいは無理なくできるようになってきた。

今まで過剰に感じていた自責の念が、少しずつ薄れ始めた頃。1本の動画を偶然見つける。

ダウンタウンの番組だった。10歳の時、アホアホマンで大笑いして母に怒られて以来、約20年ぶりに見るダウンタウン。

内容はいわゆる「あいうえお作文」の大喜利。45秒 ~ 1分9秒をフリに使って、

  • アンテナ
  • 小刀

“な”で終わる何らかの単語を、オチに使うんだろうなーと思いつつ聞いていた。しかし、自分の耳に飛び込んできた言葉は、予想を遥かに超えたものだった。

オチを聞いた瞬間、凄まじい勢いでパソコンの画面に唾をぶちまけ爆笑。久しぶりに大口を開けたせいか、しばらく顎が痛む。心地の良い痛みだった。

それからというもの、ダウンタウンのトークを貪り尽くした。大声を出して笑う度、自分の中で凝り固まっている何かが、ちょっとずつ緩んでいく。

ダウンタウンさん。あなた方が創り上げる笑い、生み出してきた笑いに救われています。これから産まれる笑いにも、きっと助けられるでしょう。

ダウンタウン。ありがとう。

日曜日よりの使者へ感謝を込めて。